2013年7月26日金曜日

7月例会の話

ルカの12章です。「恐れるな。思い悩むな。」と言われます。食べる物や着る物が無くなったらどうしよう、病気になったらどうしよう、持っている物をどうやって守ろう、どうやって生きていこう、困った、困った。「恐れるな。思い悩むな。」神さまは自分を絶対に忘れず、養ってくださる。「ただ神の国を求めなさい。」と言われます。そんなことができるだろうか。自分のことは自分で守らないと誰も守ってくれない、と思ってしまいます。でも、今守ろうとしているものも、与えられたものではなかったか。なぜ、今ありもしない不幸の影に、おびえる自分がいるのだろう。

目をつむると、ありもしない物がたくさん見えます。それを見せるのは、分裂して闇にもぐった自分の一部です。それが「偽善」かもしれません。いつでも目を覚まして「主人が帰って来たとき、すぐに戸を開けられるように待つこと。」私はもう自分に騙されない。「言うべきことは聖霊がその時教えてくださる。」

2013年6月23日日曜日

投稿再会

久しぶりの投稿です。これから毎月アップしていく予定です。

ルカの11章です。ここでイエスは、食事前に身を清めないことを不審がるファリサイ派に対して激しい非難を浴びせます。「ファリサイ派の人々は、杯や皿の外側はきれいにするが、自分たちの内側は強欲と悪意に満ちている。」律法を守ることばかりにこだわり自分の内側に巣くうエゴを見ようともしないのです。それは「しるしを求めること」への非難につながります。「イエスを試そうとして、天からのしるしを求める者がいた。」「今の時代の者たちはよこしまだ。しるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。」「しるし」とは、安心のための証明であり、「~である」という保証です。そこに座したまま信じるための材料です。しかし、今いる場所で保証を欲していているだけでは、信じることはできません。「求めて与えられ、探して見つかり、門をたたいて開かれる」ことをして、聖霊のはたらきと一つになること。神やイエスを自分の側に引き寄せて「~である」と思い込むのではなく、相手や状況の中に自分のすべてを投げ入れて、促しのままにのびやかに過不足なく動き、動かされること。それは、信仰が「その輝きであなたを照らすときのように、全身が輝いている」ことと同じです。

2007年7月16日月曜日

(七月)

例会では、使徒言行録を読み終わりました。通読して印象に残るのはやはりパウロの宣教のエネルギーです。最初に神様から宣教の使命を受ける時「なぜパウロに…」という質問に、神は「わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」と言われます。しかし、客観的には苦しみの連続である宣教旅行をパウロは喜んで行っているように見えます。ローマに連行される船が嵐にあった時でさえ「皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。」と、同乗者を元気づけます。パウロにはゆるぎない確信があるのでしょう。それは、ダマスコで天の光の中で神に呼びかけられた回心の体験がいつも彼の根底にあるからだと思います。

さて、パウロほど劇的でなくても私たち一人ひとりは信仰の道を歩むよう神に呼びかけられた体験を持っているはずです。それは、人を通したみ手の働き、説明できない内心の動き、祈りの中での穏やかなうながしなどいろいろな姿だったでしょう。説明への論理的納得ではなく、不安からの逃避でもなく、湧きおこるように与えられた疑いえない真っ白な確信を忘れることなく、パウロのように光の中を歩みたいと思います。

(六月)

六月は、テゼの祈りを例会に替えました。テゼの祈りをするたびに思います。皆で声を合わせて歌っているといつしか心が静まって、自分の中の何かが見えてきます。絶えず頭の中を巡っている思いがしゃべることを止めて、その奥にある自分を動かす力を感じます。テゼの祈りの中で「いつも歌っていなさい。歌いたくないときでも歌えないときでも、絶えず歌いなさい。」という言葉がありました。

私的な思いになりますが、例会で使徒言行録を読む時、私の気持ちはパウロに満ちている神の息吹よりも、厳格さと強烈な自我の固さと他者を裁く視線で凝り固まっているパリサイ派にひきつけられました。自分自身の問題と重なっていたからです。それはまた現代のあらゆる場所にある真面目さとも重なります。ある時ふと「闇はいつもある。しかし好んで闇だけ見つめてもしょうがない。」と思いました。ポロリとかさぶたがとれました。闇は消えることなくいつもつきまとうけれど、同時に闇よりも大きな光に身をゆだねようと思います。

すべてのものは祝福されてあるという認識、その継続と展開が勝負のしどころです。

(五月)

主の平和

今回は、例会のお知らせではありません。

「いずみとぶどうの会」が主催するお祈りの会のお知らせです。

「テゼの祈り」といいます。簡単な短い歌を繰り返し歌うことで祈る心を深めていくものです。歌がうまくなくても大丈夫、信者であるなしも問いません。

忙しい毎日の生活をひと時はなれて、自分の気持ちと心を休めてみませんか。

お待ちしています。

(四月)

例会では、使徒言行録の二十二・二十三章を読みました。パウロは、エルサレムで自分の回心を話し、福音を伝えようとします。しかし、人々は「こんな男は、地上から除いてしまえ。」と言い、最高法院では、パウロの言葉をめぐって激論が起こります。パウロを暗殺する誓いを立てるものさえ現れます。なぜパウロは同胞であるユダヤ人からこんなにも憎まれるのでしょうか。それは、イエスが救い主(メシア)であることを彼らが受け入れないからです。それ以上に、私にはパウロとユダヤ人では、見ているものが違うような気がします。パウロには主イエスが「勇気を出せ。」と直接語りかけます。そこには、神から息吹かれた確信と喜びがあります。一方律法を遵守するユダヤ人には人としての思い込みや頑なさを感じます。死を恐れずに福音の喜びを伝える人に対しては、これに帰依するか殺してしまうかのどちらかしかないと言います。さて、もし私が当時のエルサレムにいるとしたら、どちらの道をとるでしょうか。自分の思いや自分の正義をすべて投げ捨ててパウロが伝える福音を信じると、言い切る自信がありません。

(三月)

先月は使徒言行録の二十一章を読みました。ここでパウロは多くの信者が止めるのを振りきってエルサレムへ上ります。「…主イエスのためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです」と言います。そして、エルサレムでは、神殿の境内で捕らえられリンチにあっているところをローマ人の千人隊長に逮捕されます。パウロはなぜこんなにもユダヤ人に忌み嫌われたのでしょうか。それはパウロを捕らえようとユダヤ人が叫んだ言葉「…この男は、民と律法とこの場所(神殿)を無視することを、至るところでだれにでも教えている。」から端的に分かります。また、ユダヤ人で信者になった熱心な律法の遵奉者の間でも「『子どもに割礼を施すな。慣習に従うな。』と言って、モーセから離れるように教えている」と思われています。パウロはモーセの律法を守るな、と教えたわけではなく、異教からの回心者には律法もまたそれを守る必要がないことを教えただけです。なぜなら、人は律法ではなくイエスへの信仰によってのみ義とされるからです。ここで描かれているのは実はユダヤ教とキリスト教の対立ではなく、律法(決まり)を守ることで正しい道を歩むことができるのか、それとも律法より神の愛を生きることが優先するかの対立です。この場面を読む時、ユダヤ人=悪者と思いがちですが、私の中にも実はこの律法遵守主義が隠れている気がします。それがモーセの律法でなく教会の決まりでも実は全く同じことだと感じます。義務として「正しい」とされることの影には「正しい」基準で他者を裁く視線が必ず内包されています。それは自分自身の力では払拭できない自分の闇です。闇から抜け出す方法はただ一つ。さて…。

(二月)

二月の例会では、使徒言行録の二十章を読みました。ここでパウロはエルサレムに行く前の決意を告げます。「ただ、投獄と苦難が私を待ち受けている…しかし、自分の決められた道を走りとおし、…神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。そして今、あなたがたが皆もう二度と私の顔を見ることがないと私には分かっています。」その後、パウロは皆と一緒に祈り、人々は激しく泣き、パウロの首を抱いて接吻します。パウロのこの強さ、疑いのなさはいったいどこから来るのでしょうか。「神の呼びかけに応じた」という言葉ではよく分かりません。「神の福音を人々に告げ知らせる喜び」と言われてもそれがこれだけの苦難をものともしない力になるのでしょうか。言葉や理屈では分かるのですが私には実感がわきません。それが本当に分かる時は自分が変えられる時なのかも知れません。

(平成十八年一月)

使徒言行録の十九章を読みました。ここではめずらしくパウロのユダヤ教以外の宗教との対立が描かれています。パウロは商都でもあり観光都市でもあるエフェソで二年以上も伝道し福音を広めます。一方でパウロの教える福音のため商売を妨害されそうになった銀細工師がパウロ排斥の暴動を扇動します。アルテミスの神殿の模型を作って儲けていた彼らにとって『手で造ったものなどは神ではない』というパウロの発言は都合が悪いものだったのでしょう。扇動されたエフェソ人たちは「『エフェソ人のアルテミスは偉い方』と二時間ほども叫び続けた」といいます。この言葉に私は、扇動された群衆の中にある素朴な反発を感じます。福音はパウロによって確かに広がりましたが、それを信じない多くのエフェソ人にとって、それは異教の神が勢力を広げるように思えたのでしょう。ユダヤ人への反発もあったのかもしれません。この反発は日本人である私の中にもある気がします。洗礼を受けたころ「生け贄の子羊」「血の贖い」という言葉にどうしてもなじめなかったことを思い出します。逆に節分や七夕など、元をただせばキリスト教以外の宗教から派生した行事は今でも違和感なく受け入れています。もしかしたら私の信仰は頭のてっぺんだけのものなのかもしれません。イエスの教えと体にしみついた民族宗教のにおいに矛盾を感じる時、暴動に際してのパウロの行動が大きなヒントになります。彼は命の危険を顧みず「群衆の中に入っていこう」とします。矛盾ばかり見つめて立ちすくんでいないで、自分の確信と喜びを告げ知らせよ、と言われた気がします。

(十二月)

十二月は「テゼの祈り」を例会としました。「テゼの祈り」の中で声を合わせてくりかえし歌っていると、自分をぎゅっと締めつけているものが少しずつゆるんで、ほっと息をつける感じがします。どこにいても忙しく働く頭が動きを止める気がします。歌を指導していただいた方が、祈りの中で言いました。「自分の限界や病、弱さ、悩みをそのままベツレヘムの馬小屋へもって行き、赤ちゃんのイエスに差し出しましょう。」最初は自分のみっともない姿なんか絶対に晒せない、と思います。でも、繰り返し歌っているうちに少しずつ、情けない自分を大事にしてやりたくなります。すると、今まで、憎しむだけだった相手や無理解を嘆いていた相手が別の顔をしていることに気づきます。自分をしめつけるものがゆるんだ、その隙間から見える人や世界は、いたってのんびりのほほんとしています。憎しみや瞋りは、どうやら締めつけている自分の内側にあるようです。その闇をそのままさし出すことができれば、と思いますが、あまり自信がありません。

(十一月)

使徒言行録の十八章を読みました。パウロはコリントの街で、ユダヤ人たちに「メシアはイエスであると力強く証しした。しかし、彼らが反抗し、口汚くののしったので」『「あなたたちの血は、あなたたちの頭に降りかかれ。わたしは異邦人の方に行く。」』と言います。また、ユダヤ人たちは、パウロを地方総督の前に引き立てていき律法違反を告発しようとして総督にあきれられます。言行録には、このような場面がたくさん出てきます。ユダヤ人たちを説得しようとするパウロとパウロを異端として断罪しようとするユダヤ人たち。ローマから来た地方総督には、地方の一宗教の内ゲバとしか見えなかったでしょう。しかし、ユダヤ教とキリスト教の関係を考えると、この時期は、キリスト教の胎動期とも言えます。パウロはユダヤ教徒が待ち望んでいる「メシアはイエスである」という福音を一番に同胞のユダヤ人に伝えたかったのでしょう。しかし、ユダヤ人たちはそれを異端としか見ません。やがてイエスを救い主とする信仰はユダヤ教を離れ独立していきます。使徒言行録は、無理解なユダヤ人を非難するのではなく、キリスト教の独立の過程を伝えたかったのかもしれません。

(十月)

十一月の例会では、聖書を読まないで、パウロとペトロの生涯を描いたビデオを見ました。特にパウロの伝道旅行の様子が詳しく映像で紹介されていて使徒言行録を読む上で参考になりました。いくら文章をていねいに読んでも映像でなければ、現地の風景や海や花の色はわからないと感じました。私が特に印象的だったのは、パウロが旅した地中海の海の青さと荒涼とした街道の風景、ペトロが漁師をしていたガリラヤ湖畔の咲き乱れる花の美しさです。私たちはペトロへのイエスの言葉「わたしについて来なさい。」や、イエスキリストを熱心に語るパウロの言葉を文字でしか目にすることができません。しかし、そこには声の響きがあり視線があり何より体から発する力があったはずです。心理学に至高体験という概念がありますが、イエスやパウロの呼びかけは、それを瞬時に起こす力があったのかもしれません。現代の我々が直接言葉を聞くことができないのに、それでもイエスやパウロの文字としての言葉を通して神の導きを感じるのは、時間と空間を越えて無音の響きが聞こえているのだと思います。聖霊のはたらきとは、その響きと同じものだと感じています。

(九月)

九月の例会では、使徒言行録の十七章を読みました。パウロはテサロニケでべレアで、そしてアテネで福音を述べ伝えます。テサロニケでは、パウロを嫉んだユダヤ人たちが暴動を起こし、ふたりを探します。ユダヤ人にとって、十字架にかけられて死んだ罪人が神の子であるはずはなかったし、神に対する冒瀆だと感じたのでしょう。パウロの迫害を考える時、ユダヤ人はいつも悪役ですが冷静に考えれば、罪人として殺された人を神の子だと言い張ればユダヤ人の宗教感覚では、迫害して当然と言えるかもしれません。律法(神の掟)を守ることが神の国に入れる唯一の道だと信じていたのです。神の子がいるとすれば当然栄光に包まれて登場するはずです。磔にされた罪人であるはずはありません。これは、現在の私たちの感覚とも重なります。私たちは、正しい行いをする人がその代償として真っ先に救われるはずだ、とどこかで思っていませんか。その目が自分の内に向けば、自分のだめさ加減を嘆き、外に向けば、人のあらばかり見え他人を断罪します。信者はそうでない人の手本となるべきだ、というのも同じです。私はキリストが十字架にかけられて死んだ、という事実はこの感覚を真っ向から打ち砕くものだと感じます。『私は、正しい人のためでなく、罪人のために来た』という言葉。私が日頃蔑んでいる人や物。私の痛みを押しつけている相手。私の痛みや攻撃を無言で引き受けてくれる弱いもの。その中にこそ救いがある気がします。そして、自分が他人の嫉みや悪意を進んで引き受ける時、何かが大きく変わる予感がします。

(七月)

使徒言行録の十六章を読みました。ここではテモテという若者がパウロの同行し、また初めて「わたしたち」という言い方が出てきます。これは、言行録の記者がパウロに同行していたことを表しています。ルカ福音書と同じ人物ではないかと言われています。

さて、パウロがマケドニアで捕らえられ投獄された時「真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。」そして、大地震が起こり牢の戸がみな開き、鎖が外れても誰一人逃げ出そうとはしませんでした。牢獄ですから直接顔を見ることはできません。囚人たちはどこかから聞こえてくる賛美の祈り(歌)を聞いてうっとりしていたのかもしれません。それともなにかを感じて回心していたのかも…。

現代の私は、パウロの言葉を聖書を通して聞くことはできますが、パウロ自身が持つ霊性に直接触れることはできません。パウロの言葉の背後には、祈りの歌だけで囚人に影響を与える霊性があったのだと思います。多分その力は、喜びに満ち、赦しと光を感じさせるものだったのでしょう。

私は、言葉だけでなく相手の霊性まで聞いているでしょうか。私は言葉だけでなく姿で人に喜びをつたえているだろうか。

(六月)

使徒言行録の十五章を読みました。ここでは異邦人の信者にユダヤ人と同じように割礼を受けさせるかが問題になっています。つまり、キリストを信じることをユダヤ人と同化することと捉えるかいなかです。ペトロとパウロは激しく割礼に反対します。神は『彼ら(異邦人)の心を(律法や割礼でなく)信仰によって清め、わたしたちと彼らの間に何の差別もなさいませんでした。』ここで初めてユダヤ人であることとキリスト者であることが明確に区別されます。言い換えれば人種や民族を超えてキリストの福音を信じるかどうかという一点のみが重要になります。キリスト教が民族宗教を越える分岐点です。

ところでパウロはこうも言います。『先祖もわたしたちも負いきれなかった軛(くびき)を、あの弟子たちの首に懸けて神を試みようとするのですか。』割礼も律法も神との契約です。それを厳格に守ることが神の国に入る絶対条件でした。「~したから救われる。」「~を守っているから神の国に入る資格がある。」この感覚は形を変えて現代でも根強くあると感じます。まじめに熱心に信者の勤めを果たしても、それが喜びでなく義務である限り神の国は遠のくばかりです。教会の中にいるか外にいるか、聖書に詳しいかそうでないかは、もちろん重要ですがそればかりを見ていると本質を見失ってしまいそうです。

『あなたの罪を許された。…』この声が私に聞こえてくるでしょうか。