2013年12月22日日曜日

 ルカ福音書の15章です。ここでは「放蕩息子のたとえ」が語られます。今回新しい気づきがありました。それは、弟が父に財産の分け前を要求した時「父親は財産を二人に分けてやった。」とあり、兄の分も与えているのです。その後、弟は放蕩の限りを尽くした後我に返って「回心」をします。回心は「方向転換して立ち返る」意味です。一方まじめな兄は、父と一緒に働き続け、弟への父の歓待を見て腹を立てます。弟が戻った喜びは兄にはありません。息子の義務を果たそうと、我慢してまじめに働く兄の姿を感じます。弟の回心はわかりやすく劇的です。一方兄は、父のそばに居ながら父の顔を見ていない気がします。自分の在り方に自信があるので、親不孝な弟や親ばか丸出しの父に非難の視線を投げつけます。自分に与えられた財産には気づきません。兄に「方向転換」の恵みはあるのでしょうか。自分の正しさの根拠を自分の外に求め、それをもとに他者を裁く兄に、つい自分が重なります。兄に赦しは来るのでしょうか。あるとすればそれは、自分のまじめさを笑ってしまうことでしょう。兄の赦しは、緩むこと。握り締めた手を開くこと。緩んで開いた隙間から、笑いと光が差し込みます。それは彼方からのエネルギーに溢れています。

2013年11月18日月曜日

ルカの14章を読みました。ここでは、弟子の条件が語られます。「父、母、…自分の命であろうとも、これを憎まないなら、私の弟子ではありえない。自分の十字架を背負ってついてくるものでなければ、…わたしの弟子ではありえない。」とイエスは宣言します。そんなことができるでしょうか。
ここでは同時に、神の招き(宴会への招待)のたとえが語られます。「畑を買ったので…」「牛を買ったので…」「妻を迎えたばかりなので…」と、人々は次々に招待を断り、自分が大事にしているものにしがみつきます。すると招待した人(神)は、貧しい人、体の不自由な人など、お返しができない人を連れてこさせます。その人たちは、持たざる人々、飢え渇いている人々です。神様の招きを敏感に感じとり、迷わず従う人々です。何かを所有していることは、幸福なのでしょうか、不幸なのでしょうか。

大事なものを手放せるかが試されている、のではありません。かすかに、でも確実に聞こえる呼びかけに、せめぎあい波立つ心の動きを超えて、ぶれずに応えられるかが、問われているのだと思います。

2013年10月13日日曜日

ルカ 13章 11月例会のお知らせ

10月の例会では、「ルカ」の13章を読みました。ここでは、回心への強い勧めが繰り返し出てきます。「あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる。」「このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから、切り倒せ。…」狭い門の例えでも、「家の主人が戸を閉めてしまってからでは…『お前たちがどこの者か知らない』という答えが返ってくるだけである。」となります。イエスは、こちらの戸惑いなど、少しも斟酌せず「今変われ、気づけ、回心しろ。」と迫ってきます。自分が押しつぶされるようです。「ぐずぐずせずに跳べ!」と言われている気がします。「待ってください。」は通用しません。この轟音のようないざないに「はい。信じます。」と答えるのは、とても勇気のいることです。でも、言ってしまえば、小さなとても目立たないことにも思えます。世界が突然がらりと変わるわけではありません。しかし、その一言は小さなからし種や少量のパン種にも似て、やがては全てを変えていきます。その時、初めてあの強要にも感じられた迫り方は、愛だったのだと気づきます。また、自分が答えたはずのあの「はい。」そのものも、いただいた力が私を使って、奥深いところから現したものだと気づきます。気がつけば、輝いて満ちあふれるすべてのものは、いただいたもの。私の努力で獲得したものなど、何一つありません。

2013年9月23日月曜日

9月は、東京から植松さんに来ていただいて、テゼの祈りを行いました。テゼの祈りが始まると、千々に乱れていた心が静まり、静まった心の水面から、そのそこにあるいざないを感じとることができます。集まって、歌ってくださった方々のおかげで、今回も深い静寂を味わい、共に祈ることができました。
今回は特に、混乱を極めるシリアの人々のために祈りました。祈りの中で、植松さんからラルシュ(知的ハンディを持つ仲間のためのコミュニテ)での話が語られました。そこでは、キリスト者であってもなくても、洗足式に招かれて、希望すれば足を洗い合うことができるそうです。多くの人が、そこで自ら他者の足を洗い、自分の足を洗ってもらいました。平和の一番の原点が、そこにあります。詩編から歌詞をとった「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。」というテゼの歌を思い出します。

シリアでの平和が一日でも早く回復することを祈ります。また、自分の周りが、「私」を通って噴出する聖霊の働きによって、平和で満たされることを祈ります。

2013年7月26日金曜日

7月例会の話

ルカの12章です。「恐れるな。思い悩むな。」と言われます。食べる物や着る物が無くなったらどうしよう、病気になったらどうしよう、持っている物をどうやって守ろう、どうやって生きていこう、困った、困った。「恐れるな。思い悩むな。」神さまは自分を絶対に忘れず、養ってくださる。「ただ神の国を求めなさい。」と言われます。そんなことができるだろうか。自分のことは自分で守らないと誰も守ってくれない、と思ってしまいます。でも、今守ろうとしているものも、与えられたものではなかったか。なぜ、今ありもしない不幸の影に、おびえる自分がいるのだろう。

目をつむると、ありもしない物がたくさん見えます。それを見せるのは、分裂して闇にもぐった自分の一部です。それが「偽善」かもしれません。いつでも目を覚まして「主人が帰って来たとき、すぐに戸を開けられるように待つこと。」私はもう自分に騙されない。「言うべきことは聖霊がその時教えてくださる。」

2013年6月23日日曜日

投稿再会

久しぶりの投稿です。これから毎月アップしていく予定です。

ルカの11章です。ここでイエスは、食事前に身を清めないことを不審がるファリサイ派に対して激しい非難を浴びせます。「ファリサイ派の人々は、杯や皿の外側はきれいにするが、自分たちの内側は強欲と悪意に満ちている。」律法を守ることばかりにこだわり自分の内側に巣くうエゴを見ようともしないのです。それは「しるしを求めること」への非難につながります。「イエスを試そうとして、天からのしるしを求める者がいた。」「今の時代の者たちはよこしまだ。しるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。」「しるし」とは、安心のための証明であり、「~である」という保証です。そこに座したまま信じるための材料です。しかし、今いる場所で保証を欲していているだけでは、信じることはできません。「求めて与えられ、探して見つかり、門をたたいて開かれる」ことをして、聖霊のはたらきと一つになること。神やイエスを自分の側に引き寄せて「~である」と思い込むのではなく、相手や状況の中に自分のすべてを投げ入れて、促しのままにのびやかに過不足なく動き、動かされること。それは、信仰が「その輝きであなたを照らすときのように、全身が輝いている」ことと同じです。

2007年7月16日月曜日

(七月)

例会では、使徒言行録を読み終わりました。通読して印象に残るのはやはりパウロの宣教のエネルギーです。最初に神様から宣教の使命を受ける時「なぜパウロに…」という質問に、神は「わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」と言われます。しかし、客観的には苦しみの連続である宣教旅行をパウロは喜んで行っているように見えます。ローマに連行される船が嵐にあった時でさえ「皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。」と、同乗者を元気づけます。パウロにはゆるぎない確信があるのでしょう。それは、ダマスコで天の光の中で神に呼びかけられた回心の体験がいつも彼の根底にあるからだと思います。

さて、パウロほど劇的でなくても私たち一人ひとりは信仰の道を歩むよう神に呼びかけられた体験を持っているはずです。それは、人を通したみ手の働き、説明できない内心の動き、祈りの中での穏やかなうながしなどいろいろな姿だったでしょう。説明への論理的納得ではなく、不安からの逃避でもなく、湧きおこるように与えられた疑いえない真っ白な確信を忘れることなく、パウロのように光の中を歩みたいと思います。

(六月)

六月は、テゼの祈りを例会に替えました。テゼの祈りをするたびに思います。皆で声を合わせて歌っているといつしか心が静まって、自分の中の何かが見えてきます。絶えず頭の中を巡っている思いがしゃべることを止めて、その奥にある自分を動かす力を感じます。テゼの祈りの中で「いつも歌っていなさい。歌いたくないときでも歌えないときでも、絶えず歌いなさい。」という言葉がありました。

私的な思いになりますが、例会で使徒言行録を読む時、私の気持ちはパウロに満ちている神の息吹よりも、厳格さと強烈な自我の固さと他者を裁く視線で凝り固まっているパリサイ派にひきつけられました。自分自身の問題と重なっていたからです。それはまた現代のあらゆる場所にある真面目さとも重なります。ある時ふと「闇はいつもある。しかし好んで闇だけ見つめてもしょうがない。」と思いました。ポロリとかさぶたがとれました。闇は消えることなくいつもつきまとうけれど、同時に闇よりも大きな光に身をゆだねようと思います。

すべてのものは祝福されてあるという認識、その継続と展開が勝負のしどころです。

(五月)

主の平和

今回は、例会のお知らせではありません。

「いずみとぶどうの会」が主催するお祈りの会のお知らせです。

「テゼの祈り」といいます。簡単な短い歌を繰り返し歌うことで祈る心を深めていくものです。歌がうまくなくても大丈夫、信者であるなしも問いません。

忙しい毎日の生活をひと時はなれて、自分の気持ちと心を休めてみませんか。

お待ちしています。

(四月)

例会では、使徒言行録の二十二・二十三章を読みました。パウロは、エルサレムで自分の回心を話し、福音を伝えようとします。しかし、人々は「こんな男は、地上から除いてしまえ。」と言い、最高法院では、パウロの言葉をめぐって激論が起こります。パウロを暗殺する誓いを立てるものさえ現れます。なぜパウロは同胞であるユダヤ人からこんなにも憎まれるのでしょうか。それは、イエスが救い主(メシア)であることを彼らが受け入れないからです。それ以上に、私にはパウロとユダヤ人では、見ているものが違うような気がします。パウロには主イエスが「勇気を出せ。」と直接語りかけます。そこには、神から息吹かれた確信と喜びがあります。一方律法を遵守するユダヤ人には人としての思い込みや頑なさを感じます。死を恐れずに福音の喜びを伝える人に対しては、これに帰依するか殺してしまうかのどちらかしかないと言います。さて、もし私が当時のエルサレムにいるとしたら、どちらの道をとるでしょうか。自分の思いや自分の正義をすべて投げ捨ててパウロが伝える福音を信じると、言い切る自信がありません。

(三月)

先月は使徒言行録の二十一章を読みました。ここでパウロは多くの信者が止めるのを振りきってエルサレムへ上ります。「…主イエスのためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです」と言います。そして、エルサレムでは、神殿の境内で捕らえられリンチにあっているところをローマ人の千人隊長に逮捕されます。パウロはなぜこんなにもユダヤ人に忌み嫌われたのでしょうか。それはパウロを捕らえようとユダヤ人が叫んだ言葉「…この男は、民と律法とこの場所(神殿)を無視することを、至るところでだれにでも教えている。」から端的に分かります。また、ユダヤ人で信者になった熱心な律法の遵奉者の間でも「『子どもに割礼を施すな。慣習に従うな。』と言って、モーセから離れるように教えている」と思われています。パウロはモーセの律法を守るな、と教えたわけではなく、異教からの回心者には律法もまたそれを守る必要がないことを教えただけです。なぜなら、人は律法ではなくイエスへの信仰によってのみ義とされるからです。ここで描かれているのは実はユダヤ教とキリスト教の対立ではなく、律法(決まり)を守ることで正しい道を歩むことができるのか、それとも律法より神の愛を生きることが優先するかの対立です。この場面を読む時、ユダヤ人=悪者と思いがちですが、私の中にも実はこの律法遵守主義が隠れている気がします。それがモーセの律法でなく教会の決まりでも実は全く同じことだと感じます。義務として「正しい」とされることの影には「正しい」基準で他者を裁く視線が必ず内包されています。それは自分自身の力では払拭できない自分の闇です。闇から抜け出す方法はただ一つ。さて…。

(二月)

二月の例会では、使徒言行録の二十章を読みました。ここでパウロはエルサレムに行く前の決意を告げます。「ただ、投獄と苦難が私を待ち受けている…しかし、自分の決められた道を走りとおし、…神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。そして今、あなたがたが皆もう二度と私の顔を見ることがないと私には分かっています。」その後、パウロは皆と一緒に祈り、人々は激しく泣き、パウロの首を抱いて接吻します。パウロのこの強さ、疑いのなさはいったいどこから来るのでしょうか。「神の呼びかけに応じた」という言葉ではよく分かりません。「神の福音を人々に告げ知らせる喜び」と言われてもそれがこれだけの苦難をものともしない力になるのでしょうか。言葉や理屈では分かるのですが私には実感がわきません。それが本当に分かる時は自分が変えられる時なのかも知れません。

(平成十八年一月)

使徒言行録の十九章を読みました。ここではめずらしくパウロのユダヤ教以外の宗教との対立が描かれています。パウロは商都でもあり観光都市でもあるエフェソで二年以上も伝道し福音を広めます。一方でパウロの教える福音のため商売を妨害されそうになった銀細工師がパウロ排斥の暴動を扇動します。アルテミスの神殿の模型を作って儲けていた彼らにとって『手で造ったものなどは神ではない』というパウロの発言は都合が悪いものだったのでしょう。扇動されたエフェソ人たちは「『エフェソ人のアルテミスは偉い方』と二時間ほども叫び続けた」といいます。この言葉に私は、扇動された群衆の中にある素朴な反発を感じます。福音はパウロによって確かに広がりましたが、それを信じない多くのエフェソ人にとって、それは異教の神が勢力を広げるように思えたのでしょう。ユダヤ人への反発もあったのかもしれません。この反発は日本人である私の中にもある気がします。洗礼を受けたころ「生け贄の子羊」「血の贖い」という言葉にどうしてもなじめなかったことを思い出します。逆に節分や七夕など、元をただせばキリスト教以外の宗教から派生した行事は今でも違和感なく受け入れています。もしかしたら私の信仰は頭のてっぺんだけのものなのかもしれません。イエスの教えと体にしみついた民族宗教のにおいに矛盾を感じる時、暴動に際してのパウロの行動が大きなヒントになります。彼は命の危険を顧みず「群衆の中に入っていこう」とします。矛盾ばかり見つめて立ちすくんでいないで、自分の確信と喜びを告げ知らせよ、と言われた気がします。

(十二月)

十二月は「テゼの祈り」を例会としました。「テゼの祈り」の中で声を合わせてくりかえし歌っていると、自分をぎゅっと締めつけているものが少しずつゆるんで、ほっと息をつける感じがします。どこにいても忙しく働く頭が動きを止める気がします。歌を指導していただいた方が、祈りの中で言いました。「自分の限界や病、弱さ、悩みをそのままベツレヘムの馬小屋へもって行き、赤ちゃんのイエスに差し出しましょう。」最初は自分のみっともない姿なんか絶対に晒せない、と思います。でも、繰り返し歌っているうちに少しずつ、情けない自分を大事にしてやりたくなります。すると、今まで、憎しむだけだった相手や無理解を嘆いていた相手が別の顔をしていることに気づきます。自分をしめつけるものがゆるんだ、その隙間から見える人や世界は、いたってのんびりのほほんとしています。憎しみや瞋りは、どうやら締めつけている自分の内側にあるようです。その闇をそのままさし出すことができれば、と思いますが、あまり自信がありません。

(十一月)

使徒言行録の十八章を読みました。パウロはコリントの街で、ユダヤ人たちに「メシアはイエスであると力強く証しした。しかし、彼らが反抗し、口汚くののしったので」『「あなたたちの血は、あなたたちの頭に降りかかれ。わたしは異邦人の方に行く。」』と言います。また、ユダヤ人たちは、パウロを地方総督の前に引き立てていき律法違反を告発しようとして総督にあきれられます。言行録には、このような場面がたくさん出てきます。ユダヤ人たちを説得しようとするパウロとパウロを異端として断罪しようとするユダヤ人たち。ローマから来た地方総督には、地方の一宗教の内ゲバとしか見えなかったでしょう。しかし、ユダヤ教とキリスト教の関係を考えると、この時期は、キリスト教の胎動期とも言えます。パウロはユダヤ教徒が待ち望んでいる「メシアはイエスである」という福音を一番に同胞のユダヤ人に伝えたかったのでしょう。しかし、ユダヤ人たちはそれを異端としか見ません。やがてイエスを救い主とする信仰はユダヤ教を離れ独立していきます。使徒言行録は、無理解なユダヤ人を非難するのではなく、キリスト教の独立の過程を伝えたかったのかもしれません。